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『今昔物語』 新澤健一郎さん(ピアニスト・キーボーディスト・作曲家・編曲家)

東京工業大学 ロス・ガラチェロス
1988年 第19回大会出場
1989年 第20回大会出場(優秀ソリスト賞受賞)
ピアニスト、キーボーディスト

※2005年、第36回大会に寄稿された文章を当時のまま掲載しています。
 高校生の時に深夜のラジオ「マンスリー・ジャズワイド」で聴いたのが、“ヤマノ”との出会いだった。ジャズ、特にスウィングジャズには中学の頃から触れていて、ビッグ・バンドでプレイするのはずっと夢だった。だから、ラジオから流れる素晴らしい演奏に、
 大学のビッグ・バンドって凄い!
 自分も将来、こんな中でやっていけるんだ!>
 そんな風に興奮したことを覚えている。そして、この時から“ヤマノ”が“憧れ”になった。
 東工大に入学と同時に迷わずロス・ガラチェロスに入部した。当時は、今とは少し状況が違って、本格的なラテン・ミュージックというよりは、ラテン・フュージョンや、もっとモダンジャズ寄りなものや、カウント・ベイシーなども演奏していた。
 いざ自分がやるとなると、色々うまくいかないこともあり、一つ一つが手探りだった。それでも、あの頃の私はちょっとズルくて、コンサートマスターなどはやらずに、単なる一人のメンバーとして、結構好き放題やらせてもらっていたように思う。コンマスだった永ちゃん(永直文氏)をはじめ、バンドの維持に力を尽くしていた仲間達には、今、当時以上に感謝の気持ちを持っている。
  コンテスト本番は、自分がソロを弾き終わった後、すぐに難しいユニゾンに入らなければならないアレンジの曲があり、とても緊張した。
 あの15分間は、楽しむというよりはとにかく必死だった。
 それでも伸びやかに演奏出来たし、ユニゾンがキマったところで、思わずリズム隊のみんなでガッツポーズしたんだっけ。ステージングには全く無頓着だったけれど、誰ともなく自然にそうなった。後テーマに入る前のモントゥーノのところで、ちょっと体をゆすって弾く癖があったのだろう、客席で微笑む初老のお客さんの顔がふっと視界に入った。なんとも言えない充実感がこみ上げて来た。
 演奏が終わって舞台からハケたら、あまりの脱力に足がふわふわになっていた。
 今、久しぶりにあの時の感触を思い出して、あぁ、瞬間瞬間に生きるって、素晴らしいなと思った。
 完全燃焼という言葉がある。もちろん、ステージでは、完璧に燃焼して欲しい。それでこそ、音楽する=ミューズの神様とつながることに他ならないのだから。
 けれど、燃え尽きないで欲しい。少し休んだら、またずっと、末永く、音楽と素晴らしい付き合いを、今日出演される皆さん、そして、そのバンドをサポートする皆さん一人一人のオリジナルなスタイルで、やっていって欲しい。
 僭越ながら願っている。
 今年もYAMANO BIG BAND JAZZ CONTESTが開催されることを、心からお祝い申し上げます!

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