銀座本店 4F クラシック

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クラシックスタッフが選ぶ“必聴傾聴盤”

銀座本店 クラシックフロア スタッフが選んだ“必聴傾聴盤”(2021/10/1掲載)
 
実力派チェンバロ奏者、植山けいによる2021年リサイタル音源!!
植山けい チェンバロ リサイタル 2021』 


植山けい(チェンバロ/ルッツ・ヴェルーム2009年製作/J.ルッカース1624年モデル)


CD C&K CK-001 国内盤


 バッハの「ゴルトベルク変奏曲」や「パルティータ集」の録音で日本だけでなく、世界的にも高く評価されている、植山けいによるリサイタル録音が登場。植山けいの自主レーベル第1弾で、2021年6月11日に東京オペラシティ近江楽堂でライブ収録されている。小さなホールでの録音であるが、かなり近接で取られており、まるで演奏者が聴いている音をそのまま聴いているかのような臨場感がある。
 プログラムは、当日の演奏曲目から選ばれたもので、18世紀後期のフランスの作曲家のデュフリではじまり、バッハの半音階的幻想曲とフーガ、ドメニコ・スカルラッティのニ短調のソナタ2曲と続き、最後にはアンコール的にバッハのイタリア協奏曲の第2楽章が配置されている。
 デュフリの作風は、まさに当時のフランス文化を彩ったギャラントそのものだが、こうしたフランス作品では、クリストフ・ルセの下で学んだ植山の真骨頂を聴くことができると言っても過言ではないだろう。華麗さと繊細さにダイナミックな表現が加わり、フランスの華美な芸術の表面だけでなく、その奥にあるものまで聴かせてくれる。特に「シャコンヌ」の演奏の説得力はすばらしい。
 バッハの「半音階的幻想曲とフーガ」では、デュフリの雰囲気や世界観とガラッと変わり、不穏さや怖ささえ感じさせる。幻想曲部分での独特の揺れと間、不協和音の思わせぶりな響かせ方、フーガでの構築感の中に現れる心をゾワゾワさせるなにか。実に独特な、植山ならではの解釈と言って良いだろう。これは植山の中で、Covid19によるパンデミックという世界的な現状の中で死生観が変化し、一説には最初の妻への追悼曲ではないかとされるこのバッハの作品のヴァニタス(世の儚さ)やメメント・モリ(死を憶え)的な側面を引き出したからではないかと思われる。この解釈は聴きものだ。
 ドメニコ・スカルラッティのソナタニ短調K213は、どこかバッハの音楽の捧げものの主題を思わせる旋律で始まるシンプルながらも悲劇的な曲調で、チェンバロの音色の美しさが活かされた静謐な美の世界。同じニ短調のK141は、打って変わって激しいフラメンコ的なリズムとギターを思わせるかき鳴らしが特徴的な作品。植山の個性の一つである、ダイナミックな表現力が完璧に活かされた圧巻の演奏だ。小曲に関わらず演奏の凄さに飲み込まれてしまう。
 最後にアンコール的に配置されたイタリア協奏曲の第2楽章も濃密な表現で、決して軽い内容ではない。余韻が長く続く終わり方だ。
 当日のコンサートすべてを収録したアルバムではないが、デュフリ、バッハ、スカルラッティの3人の大作曲家の個性が際立つ作品を並べ、チェンバロの多様性を聴かせる内容の濃い、完成度の高いアルバムに仕上がっている。なお当日の会場の拍手やメカニックノイズも収められているが、それらが逆にコンサート会場にいるかのような臨場感を与えてくれていることも記しておこう。ぜひ、じっくりと腰を据えて聴いていただきたいアルバムだ。(須田)

  • テオルボという楽器の魅力を詰め込んだ画期的アルバム!
    『オー・モンド~フランス・バロックのテオルボ音楽』
     
    ダニエル・サピコ(テオルボ)

    CD ALBOLATA EDITION 輸入盤

     リチェルカール・コンソート、ラ・リティラータなどヨーロッパ各国の名古楽アンサンブルに参加し、通奏低音奏者として、演奏に絶妙の彩りを添えているテオルボ奏者ダニエル・サピコ初のソロ・アルバム。スペインの新レーベルからの第1弾としての発売となる。リュートやバロックギターなどさまざまな楽器を操る古楽系撥弦楽器奏者を多い中で、テオルボの演奏に強くこだわり、自ら“テオルビスト”(テオルボ奏者)を名乗るダニエル・サピコのテオルボ愛がふんだんに詰め込まれたアルバムとなっている。
     選曲の中心となるのは、ルイ14世の宮廷でテオルボやギターの奏者として活躍したロベール・ド・ヴィゼーの曲を、弟子のヴォーズリー・ド・セズネがまとめた曲集(1699年パリで出版)からの作品。テオルボの豊かな低音を活かした美しく、表情豊かな曲ばかりである。これに加えて、リュリやランベールのエール(アリアや歌曲)、フランソワ・クープランのクラヴサン曲、アントワーヌ・フォルクレのヴィオール曲をサピコ自らがテオルボ用に編曲した作品を収録している。まさにフランス・バロックの美をテオルボで表現したアルバムなのである。テオルボという楽器の性能を最大限引き出したテクニカルかつ華麗な演奏、繊細さと大胆さを併せ持つ表現力、編曲作品をまるでオリジナル曲のようにしてしまう編曲の才能。何をとっても超一級品。例えば、ランベールの名作「僕の愛する羊飼いの娘は」では、冒頭のラメント・バスを強調することにより、曲の悲しみを押し出し、ドラマチックな悲劇として再現する。原曲は歌詞のある歌なのだが、それ以上にえぐるような悲しみの表現を聴かせてくれるのである。テオルボという楽器で歌詞なしに歌詞の内容まで表現したとてつもない演奏だろう。
     それにしても、これほど、テオルボという楽器に対する愛を感じさせるアルバムも稀有だ。ダニエル・サピコというテオルボ奏者の“個の輝き”とともに、テオルボという楽器の可能性を大幅に拡大した圧倒的アルバムである。
     また装丁もこだわっており、しっかりとした紙のボックスに、金字があしらわれた楽譜仕様の解説が付いている。演奏内容のこだわりに比例する凝りようである。すばらしい演奏とともにお楽しみいただきたい。(須田)

  • シュッツ録音に新風を巻き起こす!
    『シュッツ:宗教的合唱曲集』

    アレクサンダー・シュナイダー指揮アンサンブル・ポリアルモニーク

    CD RAUMKLANG RK3903 輸入盤

     さまざまな古楽声楽アンサンブルで、アルトパートを担当し、独唱にアンサンブルに大活躍する実力派カウンターテナー、アレクサンダー・シュナイダーが主宰するアンサンブル・ポリアルモニークによるシュッツの名作、宗教的合唱曲集。1648年に出版されたこの曲集は、シュッツの代表作と言える充実した内容。ドイツ語の歌詞を持つモテットで構成されており、通奏低音を伴うだけのシンプルな編成ながら、ドイツ語のテキストを的確に音楽で表現する小粒ながらも中身の詰まった曲ばかりが収められている。作り自体はシンプルで、歌いやすく、聴き映えもするところから、日本でもアマチュア合唱団でよく取り上げられる作品群で、馴染みの方も多いだろう。しかしこの曲集をアンサンブルで歌うのは合唱で歌うよりも格段に困難になる。歌手それぞれにしっかりとしたドイツ語の発音と、統一された解釈、精度の高いハーモニーが必要とされるので、数によるごまかしが効かないのだ。
     アレクサンダー・シュナイダーとアンサンブル・ポリアルモニークは、ここで、各パート一人の声楽アンサンブルで録音に臨んでいる。しかもa'=468という高いピッチを採用している。一般的なバロックピッチは415であり、それよりもほぼ全音高いピッチなのだ。世界標準のピッチが定められる以前は、各国、また都市によってピッチは異なっていたので、おそらくここでもシュッツの活躍した都市でのピッチを考慮しての措置と思われる。それにしてもこのピッチが曲の印象をかなり変化させる。シュッツの歌唱は、どちらかというと重心の低いどっしりとした歌唱が主であったが、これはこの高めのピッチにより、高音の美しさと輝くような鮮烈な和声がより強調されるている。またアンサンブルの機動性を活かしたドイツ語テキストが明確になり、それが音楽と結びついているかがよく分かる。シュッツの音楽がいかにテキストと音楽の融合にこだわったかが音として聴こえてくるのである。そういう意味ではシュッツの音楽の真価を聴かせてくれる歌唱と言っても過言ではないだろう。このすばらしい録音、惜しむらくは抜粋であるところ。彼らの歌唱で全曲聴きたくなってしまう。
     高いピッチに最初は違和感があるかもしれないが、その歌唱をじっくり聴き込むと、シュッツの音楽への敬意と愛が詰まっていることが分かるはずだ。シュッツのテキストを大事にする音楽はバッハへ、そして現代へと連なるドイツ語合唱曲の歴史に強い影響を与えている。それを明らかにしてくれるすばらしい歌唱である。(須田)

  • 腕利き、実力派揃いの演奏家による「鳥の歌」!
    『自然を愛す イタリア初期バロックの鳥と愛の歌』

    ラ・フェニーチェ&ファヴォリーティ
    ジャン・テュベリ(音楽監督、コルネット、リコーダー、歌)

    CD  LIGIA Digital lidi0301346-20 輸入盤

     コルネットの名手テュベリが主宰する古楽管楽器グループ、アンサンブル・ラ・フェニーチェが、ゲストを迎えて製作したコンセプトアルバム。「自然を愛する」をテーマに、アルバムを2部に分け、生き物や風など自然に関わる音楽をイタリア初期バロックの作品から選曲し、構成している。  
     第1部は、《鳥の歌》。イタリアで出版されたジャヌカンの有名なシャンソン「鳥の歌」、フレスコバルディの「カッコーによるカプリッチョ」、アルカデルトの「優しい白鳥」、モンテヴェルディの「優しいナイチンゲール」、メールラの「雌鶏」など、まさに鳥づくし。ラ・フェニーチェの腕利きの面々は、歌はもちろん、リコーダー、コルネット、ヴァイオリン、チェロ、チェンバロ、ギターなどなどさまざまな音色を駆使して、鳥の声を模倣しながら、実に生き生きとした演奏を繰り広げている。本当の鳥の鳴き声まで随所で加える凝りようで、まるで森の中で鳥たちの演奏会に出くわしたかのように魅力的だ。
     第2部は、《愛の春》。モンテヴェルディの「悲しみの冬は去り」ではじまり、やはりモンテヴェルディの「西風が戻り」で閉じられる、愛の季節である春を歌った作品で構成される。第2部でも鳥たちの鳴き声が挿入され、春の訪れが告げられる。鳥たちの鳴き声に彩られた春の空気は甘美な愛の歌となり、聴き手をアルカディア(楽園)に誘うようだ。ここでは二人のソプラノが大活躍し、極めて美しい旋律を喜びの表現豊かに歌い上げる。
     アルバム全編を通して、歌唱も演奏も芸達者で実にすばらしく、生き生きとした躍動感は聴いていて心が踊る。曲と演奏から元気をもらえること請け合い。楽しく聴きたいアルバムである。
     CDブックレットには「鳥の画家」メルヒオール・ドンデクーテルの絵画など、17世紀に書かれた鳥を主題として絵画の画像が掲載され、CDの雰囲気を補強する。演奏と一緒に楽しんでいただきたい。(須田)

  • 往年の名ピアニスト、ルフェビュールの未発表録音集!
    『イヴォンヌ・ルフェビュール 未発表(初CD化)録音集』

    イヴォンヌ・ルフェビュール(ピアノ)
    ジャンヌ・ゴーティエ(ヴァイオリン/ラヴェルのヴァイオリン・ソナタでの共演)

    CD SOLSTICE SOCD389(2CD)輸入盤

     日本でも高い人気を誇るフランスの往年の名ピアニスト、イヴォンヌ・ルフェビュールの未発表、初CD化となる録音集の第4弾。SOLSTICEレーベルから貴重な録音が数多く出ていただけに、まだあったのかと驚きである。曲は多岐に渡っている。ルフェビュール自身がピアノ用に編曲したバッハのBWV596では、あくまでピアノ用のピースになっていながらも、低音やペダルを効果的に使用し、きちんとバロック的フーガを形成する。さすがは曲の真髄に迫るアナライズを行う名教師ルフェビュールと言える至芸だ。ベートーヴェンの31番のソナタは、伽藍のような曲の構成を提示すつつも、美の世界を作り出す。フォーレやデュカス、ルーセルのピアノ独奏曲では、まさに作曲された時代そのもの雰囲気を引き出す説得力抜群の演奏を見せ、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタでは、名ヴァイオリニスト、ジャンヌ・ゴーティエとともに洒脱な演奏を繰り広げる。音質は万全とまではいかないが、演奏のすばらしさは明確に伝えている。ルフェビュールという偉大な才能を現代に伝える貴重な録音集である。(須田)

  • チェコの実力派二人による祈りの満ちたロザリオのソナタ
    『ビーバー:ロザリオのソナタ』

    ルツィエ・セドラコヴァー・フロヴァー(バロック・ヴァイオリン/ガルネリ・デル・ジェズをモデルとしたレプリカ)
    ヤロスラフ・トゥマ(オルガン/2019年に再建された1712年製のトビアス・フレックによる歴史的オルガン)

    ARTA F10256(2CD) 輸入盤

     チェコの名レーベル、ARTAから登場したビーバーの「ロザリオのソナタ」。チェコと言えば、バロック時代の鬼才ビーバーの母国であり、現代のチェコの古楽演奏家たちもビーバーの作品に愛着を持っている。ここに登場したアルバムも強いこだわりが感じられる。
    「ロザリオのソナタ」というヴァイオリン作品は、個性的な作品がずらりと並ぶバロックのヴァイオリン音楽の中でも突出した個性を持つ作品だ。「受胎告知」や「降誕」「むち打ち」「イエスの磔と死」「マリアの被昇天」など、イエス・キリストとその母マリアの生涯を、ヴァイオリンと通奏低音で表現するという器楽による宗教的描写音楽であり、その表現のために全編にわたり、異なる変則調弦(スコルダトゥーラ)が用いられ、各曲が独自の色調を帯びるように作曲されている。このエピソードごとの描写のために技巧は凝らされ、実に多彩な音楽の集合体となっている。最近の録音では、ビーバーの描写力を徹底的に前面に押し出した表現主義的演奏が主流となっており、例えば2020年のレコード・アカデミー音楽史部門を受賞したビーバー(及びボヘミア・バロック)音楽の伝道師である鬼才グナール・レツボールの録音はその最たるものだ。これを筆頭に、強烈な表現力を軸とする録音が続出している。それぞれの録音ごとに通奏低音の選択からして非常に個性的で、さまざま解釈を聴かせてくれているが、方向としては描写表現をいかにリアルにするかに重きが置かれているように感じられる。ビーバーの作品の斬新さを痛感させてくれるそれらの演奏は、時に痛々しいまでの強烈な表現力で聴き手を圧倒し、曲に没入させる力がある。こうした演奏を聴きこんでいると、まさに、この路線こそ正統的な解釈だと思えてくるのだが、この「ロザリオのソナタ」という音楽は一つの路線での解釈しか許容しないという懐の狭い音楽ではない。さまざまな解釈を許容する実に懐の広い作品なのである。
     このチェコの二人による演奏は現代の主流となっている表現主義的演奏とは一線を画している。まず通奏低音の選択がパイプオルガンのみである。最近では、さまざまな楽器を組み合わせる演奏がほとんどなだけに、この1点からして、主流とは異なる選択だ。そして、その選択が解釈を導くように、シンプルながら非常に美しく、祈りに満ちた音楽となっている。そもそもロザリオは福音書の各場面を思い起こしながら祈る際に使用された数珠上の用具だというのだから、この祈りに満ちた安らかな表現は至極まっとうなものと言えるのではないだろうか。教会の広い空間を満たすバロック・ヴァイオリンとパイプオルガンの音色に浸るとビーバーの「ロザリオのソナタ」もまた違った味わいを感じさせてくれる。
     ヴァイオリンを弾くフロヴァーは、元々モダン・ヴァイオリンのソリストや室内楽奏者としてチェコを中心に活躍した名手で、自ら歴史的演奏法に興味を持ち、学び、バロック・ヴァイオリンをマスターしたそうで、チェコの主要なピリオド楽器アンサンブルでも活躍し、バロック・ヴァイオリンの名手としても知られているという。ここでも派手さはないが堅実な技術と、バロック・ヴァイオリン特有のあたたかい音色を用いて、ビーバーの技巧的な音楽を柔らかに聴かせてくれている。オルガンを弾くトゥマは、古楽ファンにはおなじみのチェコの実力派鍵盤奏者。歴史的オルガン演奏の権威でもあり、クラヴィコードの名手でもある。こだわりのプログラムによるアルバムも数多く発表している。ここでも近年再建された歴史的オルガンを、巧みなストップ選択と確かな技術で操る。二人の息もぴったりで、瞑想的な「ロザリオのソナタ」を堪能させてくれる。祈りに満ちた「ロザリオのソナタ」も大変良いものであると実感できる録音だ。(須田)

  • 実力派ポリフォニー専門アンサンブルによる驚異のライブ!
    『パレストリーナ:教皇マルチェルスのミサ』

    ビューティ・ファーム

    fra bernardo FB2017671 輸入盤

     2016年に結成された男性によるポリフォニー専門声楽アンサンブル、ビューティ・ファーム。ヒリヤード・アンサンブルやザ・サウンド&ザ・フューリーといったこの分野を代表する男性声楽アンサンブルの薫陶を受けたメンバーたちが、オーストリアのマウアーバッハのカルトジオ修道院を拠点に活動している。これまで主に、オケゲムや、ド・ラ・リュー、ゴンベールといったフランドルのポリフォニー音楽を録音してきたが、今作は、ルネサンス後期の大巨匠パレストリーナ、しかもその最高傑作とされる「教皇マルチェルスのミサ」を取り上げている。2020年10月11日にオーストリア、ブルンネンタール夏の音楽祭の一環として当地の教会で催されたこのコンサートは、教皇マルチェルスのミサにまつわる逸話になぞらえられている。このミサには、トレント公会議で決定した音楽に対する規制によって、単旋律作品に逆戻りしそうになった教会音楽の危機を、パレストリーナが教皇マルチェルスのミサを作曲し、披露することで救ったというもので、ここでは、この教会音楽の危機を、新型コロナウイルスのパンデミックによる音楽の危機になぞらえて、現代の音楽の危機を乗り越えようという意図のある企画コンサートだという。そしてこのライブ録音は、ルネサンス音楽の研究者、音楽学者として、またプロ・カンツィオーネ・アンティクァを率いたその演奏活動によって、古楽界に多大な影響を与えたブルーノ・ターナーの生誕90年(2021年2月7日が90歳の誕生日)に捧げられている。
     それにしても、これがライブ録音とはとても思えない。それほど完成度の高い歌唱がここに収められているからだ。最近はライブ録音といっても複数のライブから編集されたものがほとんどだが、このCDにはわざわざ、「ONE TAKE RECORDING OF A CONCERT」と明記されているので、ほぼ編集はされていないと考えてよいだろう。それを示すように、観客の咳払いなども収録されている。しかし、この極めて精緻なアンサンブルをライブで披露するのはとてつもない実力が必要だ。それをいとも容易く成し遂げてしまっているのだから、ビューティ・ファームの歌唱力は信じられないほど驚異的だ。このコンサートでは、ミサに若干のハーモニーを付けた単旋律のイムヌス(讃歌)を加えているが、冒頭のイムヌスからしてその響きにすぐに魅了されてしまう。また、イムヌス「アヴェ・マリス・ステラ」(トラック7)でのドローンのようなバスの重低音は圧巻だ。ミサにおいても、バスの歌手の深々とした声は特筆すべきで、上声部の強固な支えとなっている。これだけバスがしっかりしていれば、さぞかし上声部は歌いやすいだろう。また内声部の充実度、最上声部のカウンターテナーの透き通った美しい声もすばらしい。全体的にもポリフォニー歌唱に最も重要なバランスが完璧に保たれており、これ以上ないほどの上質なポリフォニーを聴かせてくれるのである。パレストリーナの「教皇マルチェルスのミサ」は、前述の逸話は、現代では史実ではないことが判明しているが、それでもパレストリーナの最高傑作と呼ぶべきすばらしい作品であることを改めて教えてくれる歴史に残る名歌唱と言っても過言ではないだろう。
     正直に告白すれば、私は、このCDのインフォメーションでライブ録音と明記されていた、CDを聴く前の段階では、ここまでの歌唱がなされているとは想像もできなかった。高い実力を誇るビューティ・ファームのことだ、若干の傷がありながらもライブ感のある良い歌唱を聴かせてくれるだろう、とは思っていたが、いざCDを聴いてみると、一発録りのライブ録音で、よもやこれほどまでの歌唱が聴けるとは!私がビューティ・ファームの実力を侮っていたとしか言えない。ごめんなさい。パンデミックの中、おそらく厳戒態勢で催されたこのコンサートにかける彼らの想いも相当に強かったのだろう。それがこれほどの歌唱につながったのかもしれない。
     このCDは、古楽ファンはもちろん、普段、ルネサンス・ポリフォニーを聴かないという方にも、ぜひともオススメしたい。ビューティ・ファームのこの歌唱に身を委ねれば、ルネサンス・ポリフォニー音楽のすばらしさだけでなく、音楽そのもののすばらしさもきっと感じられるに違いないからだ。そして音楽は人生に必要だと改めて感じられるだろう。(須田)

  • ミヒャエル・プレトリウス没後400年記念盤!
    『ミヒャエル・プレトリウス:われらが神は堅き砦〜声楽曲とオルガン曲集』

    イェルーン・フィンケ指揮ラ・プロテツィオーネ・デッラ・ムジカ
    arcantus arc21027 輸入盤

     ミヒャエル・プレトリウスは、音楽家一族であるプレトリウス家で最も有名な存在で、オルガニストや作曲家として主にドレスデンの宮廷で活躍した。多作で多彩な作風で知られ、ヴェネツィアのガブリエーリの複合合唱形式をドイツに導入した最初期の人物の一人である。千曲以上のコラールと賛美歌を含んだ九巻に及ぶ「シオンの音楽」という曲集や、現代でも取り上げられることの多い舞曲集「テレプシコーレ」、そして当時の音楽史料として貴重な論文集「音楽大全(シンタグマ・ムジカ)」を残した。16世紀後半から17世紀にかけての重要な作曲家の一人とみなされてるが、現在の録音には(テレプシコーレを除いて)それほど恵まれておらず、まとまった録音も多くない。2021年の没後400年記念が再評価のきっかけになることを願おう。
     さて、このアルバムは「音楽の守護」を意味を持つドイツの新鋭グループ、ラ・プロテツィオーネ・デッラ・ムジカによるミヒャエル・プレトリウス没後400年記念アルバム。前述の曲集「シオンの音楽」から、有名なルターのコラール「われらが神は堅き砦」を基にした音楽を中心に選曲されたプログラムである。このコラールはバッハがカンタータ第80番の基としているので、馴染みの方も多いと思う。ドイツ北西部の大学都市レムゴーの聖マリア教会での録音で、当地にある歴史的オルガンを使用している。このオルガンにあわせてA=474Hzのミーントーンの調律で演奏されている。このオルガンに、7人の歌手とコルネット、サックバット、アーチリュート、テオルボ、ポジティフオルガンまで加わった響きは多彩。曲にあわせて繊細さから荘厳さまでを演出する。まだ若いグループであるだけに荒削りではあるが、その実力はかなりのもので、選曲の妙もあいまってミヒャエル・プレトリウスの魅力を存分に教えてくれている。
     指揮者のイェルーン・フィンケはなんと1998年生まれ。最初は打楽器を学んでいたが、2010年から声楽を学び、ドイツの重鎮ヘルマン・マックスの合唱プロジェクトに参加したり、ドレスデン室内合唱団に参加したりし、実力を示し、オラトリオやカンタータなどのソリストとして活躍しているという。主にバリトン歌手として活動しているようであるが、この録音では指揮とともに、アルト、テノール、バリトンのパートを受け持っている。こういう若き才能が安易にバッハの有名作などでなく、ミヒャエル・プレトリウスのような録音の貴重な作曲家の作品集を出してくることは古楽ファンにとって喜ばしいことであり、arcantusという個性的なレーベルの独創性を感じる。このアルバムを通して、没後400年記念にバッハの大先輩に当たるミヒャエル・プレトリウスの魅力に触れてほしい。(須田)

  • ガンバの新星による独創的演奏!
    『解き放たれたフォルクレ~フォルクレ:ヴィオール作品集』

    アンドレ・リスレヴァンド(ヴィオール=ヴィオラ・ダ・ガンバ)
    ジャドラン・ダンカン(テオルボ&バロックリュート)
    パオラ・エルダス(チェンバロ)
    ゲスト:ロルフ・リスレヴァンド(バロックギター&マンドリン)

    ARCANA A486  輸入盤

     リュートなど歴史的撥弦楽器の名手として名高いロルフ・リスレヴァンドの息子で1993年生まれの若きヴィオラ・ダ・ガンバ奏者アンドレ・リスレヴァンドによるソロアルバム。『解き放たれたフォルクレ』をタイトルに、アントワーヌ・フォルクレのヴィオール曲を中心としたアルバムで、フォルクレと当時から比較されたマラン・マレ(フォルクレの「悪魔」に対して、マレは「天使」と評されていた)のヴィオール曲やロベール・ド・ヴィゼーやルイ・クープランの作品も織り交ぜ、3つの組曲を仕立て上げている。このプログラムが秀逸で非常に独創性にあふれている。最初の組曲はフォルクレのシャコンヌで始まり、マレの曲を組み合わせる。フォルクレの「マンドリン」という楽曲に、マレの「ギター」という、どちらも撥楽器の響きを模した曲を対比させるところも面白い。しかも「ギター」では、バロックギター編曲版まで挿入し、凝った作りにしている。第2組曲では、フォルクレの傑作「ジュピテル」を中心に添え、ルイ・クープランの「パッサカーユ」を冒頭に置き、起伏に富んだ構成にしている。3つ目の組曲では、リュート独奏による前奏曲からはじめ、ヴィオラ・ダ・ガンバとテオルボのデュオとしてまとめている。3つの組曲とも個性を変え、凝った構成にしている実に独創的な試みがなされているのだ。
     そして演奏も実に独創的。曲ごとに個性をとらえ、時に繊細に、時に激烈に作品を表現する。例えば、ローマ神話の主神の名をタイトルにした「ジュピテル」では、神の怒りである雷が落とされる様を描写する部分があるが、そのエッジの効いた強烈な表現には目を見張る。またマレの「嘆き(Plainte)」での悲哀の情感も見事。アンドレ・リスレヴァンドの高い技術と音楽性を感じさせてくれる。さすがは、サヴァール、パンドルフォ、ヴィットリオ・ギエルミという巨匠たちに学んだだけはある、前途有望な若き奏者である。また共演者も実力派で、テオルボとリュートのジャドラン・ダンカンは、話題のバロックヴァイオリン奏者プラムゾーラーとの共演で知られる若手で、最近ではバッハのリュート作品集のアルバムを録音(AUDAXレーベル)し、高い評価を得ている。チェンバロのパオラ・エルダスはARCANAやSTRADIVARIUSからソロ・ディスクをいくつも出す名手。この二人の通奏低音もヴィオールに負けず劣らずすさまじい表現力を発揮している。そして、アンドレの父親ロルフもゲスト参加。「マンドリン」では、本当にマンドリンで通奏低音を弾き、「ギター」のギター独奏編曲版では自らギターを弾いている。そしてプロデューサー、サウンド・エンジニアとしてもこのアルバム制作に関わっている。録音においても楽器の配置を周到に組み替え、曲の表現に一役買っている。奏者の息遣いまで収録したリアルなサウンドも優秀だ。今後の活躍を期待せざるを得ない若き演奏家たちの名演をぜひお聴きいただきたい。(須田)

  • レオナルド・ダ・ヴィンチの同僚の貴重な作品集!
    『フランキーノ・ガッフリオ:謝肉祭ミサ&ミサ典礼書によるモテット集』

    ピエトロ・ブスカ指揮アッカデミア・デル・リチェルカーレ

    ELEGIA ELECLA19069 輸入盤

     フランキーノ・ガッフリオ(1451-1522)は、15-16世紀のイタリアにおいて最も有名なイタリア人の音楽家で理論家だったという。ミラノ大聖堂の楽長を務め、ヴィスコンティ家からスフォルツァ家に渡るミラノ宮廷の音楽を支えた人物である。当時のイタリアの各都市国家は、宮廷にフランドルやネーデルラントなどの北方から音楽家を招いていた。イタリア人の音楽家で彼らに比肩する存在がほとんどいなかったからであるが、ガッフリオはルネサンス時代のイタリア都市国家の宮廷における初のイタリア人楽長だったとされている。
     ミラノと言えば、レオナルド・ダ・ヴィンチが活躍した場所として知られる。かの有名な『最後の晩餐』が描かれた場所でもある。ちょうどレオナルド・ダ・ヴィンチがミラノに滞在していた頃、ガッフリオは当地の楽長だったのである。すなわち彼らは同僚であり、友人だった。レオナルドはリラという楽器を持ってミラノに到着し、音楽家としても自分を売り込もうとしていたのであるから、ガッフリオとその到着の早い段階で知り合っていたのであろう。レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『ある音楽家の肖像』は、今では誰がモデルとして描かれたのかが分からないのだが、ジョスカン・デ・プレと並んでその有力な候補がガッフリオなのであるという。ちなみにガッフリオはジョスカン・デ・プレとも親交があったようで、お互いへの影響関係が考えられている。フランドルの作曲家とはまた異なる作風を模索していたというガッフリオは、ジョスカンにとって大いに刺激となったのかもしれない。
     さて、ガッフリオの作品を見てみよう。『謝肉祭のミサ』は、謝肉祭に関わる世俗曲を基に作られたミサ曲ということで、男性声楽グループの他、器楽アンサンブルも加わるという特殊なミサ曲。クルムホルン、リコーダー、ヴィエール、横笛やトロンボーンなどの楽器まで登場する、まさに祝祭をイメージしたかのような突飛なミサ曲だ。『Motetti Missales(ミサ典礼書によるモテット集)』は、通常のミサ典礼文の代わりにモテットを用いてミサ曲としている。
     ガッフリオは、フランドル楽派の作品を基にしながらもイタリア様式とも言える独自の作風を築こうとして新奇な試みを行っていたようであり、その試みは前述のようにおそらくジョスカン・デ・プレにも影響を与えていたようである。しかしガッフリオの作品は、ジョスカン・デ・プレの洗練された作品とは異なり、どこか素朴さやある種の粗野さも残っている(もしかするとその印象はこの演奏による影響が大きいのかもしれないが)。それが現代では逆に新鮮に響くので実に面白い。
     アッカデミア・デル・リチェルカーレによる演奏は、男性ソプラノを最高声部にそえた4人の男性歌手と、ヴィエール、リコーダー、ルネサンス・バグパイプ(クルムホルンの代替として使用)、トロンボーン、オルガンという編成。まず耳を弾くのは、ルネサンス・バグパイプの音色。この独特な「ベェー」という音が教会音楽の演奏に加わっていることがとにかく面白い。この野卑とも言える音色が教会音楽の中に世俗の要素を強く感じさせ、おそらく世俗の旋律をふんだんに取り入れただろう『謝肉祭ミサ』のメロディアスな作りとも相まって、聖と俗のある意味《カオス》な融合を提示しているのである。当時のミラノは、ヴィスコンティ家とスフォルツァ家がさまざまな文化を取り入れるために、欧州各国から多くの芸術家たちを招いていた。ガッフリオの作品は、そんな文化的に恵まれた環境を持った都市ミラノだからこそ生まれた音楽なのかもしれない。そうした意味合いを考えると、ガッフリオの作品はルネサンス的人文主義(ユマニスム)を音楽で体現していると言えるのかもしれない。
     もう少し演奏について触れておくと、男性ソプラノのすばらしい歌声を中心に歌手陣も実力十分であるし、各種楽器の演奏も上手い。特に声と楽器が合わさるTUTTIの部分の強烈さは聴き応えがある。ガッフリオの作品の面白さを伝えることに成功していると思う。
     それにしてもガッフリオとレオナルド・ダ・ヴィンチとの関係はどのようなものであったのであろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチが1452年生まれなので、完全に同世代である。ガッフリオのこれまでの音楽を革新しようという作風は、もしかするとレオナルド・ダ・ヴィンチとの交流が生んだものなのかもしれない。(須田)

  • フランス古楽界のベテランたちによる優れたテレマン・アルバム
    『テレマン:組曲と協奏曲集』

    クリスティアン・マンドーズ(リコーダー&指揮)
    ムジカ・アンティクァ・プロヴァンス
    パオロ・フレッツァート(バスーン)フィリップ・フーロン(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

    INTEGRAL INTEG221157 輸入盤

     ムジカ・アンティクァ・プロヴァンスは、現代古楽を代表するリコーダー奏者で指揮者のクリスティアン・マンドーズが1981年に結成した老舗古楽アンサンブル。日本ではあまり流通していないフランスのインディーズレーベルでの録音ばかりのため、日本ではよほどの古楽ファンでないと知らないグループだと思われるが、その実力は第一級である。実はこの1枚も発売されてはいたものの、ほぼ埋もれていた1枚がひょんなことから入荷したものである。かく言う私も知らなかったアルバムである。録音は2006年で、テレマンのリコーダーが活躍する組曲と協奏曲を集めたアルバムである。テレマン自らは協奏曲は苦手なジャンルと言いつつ、さまざまな独奏楽器のために100曲以上の協奏曲形式の作品を残しているが、それらはさまざまな国の民俗的舞曲などを取り入れた色彩感あふれる魅力的な作品ばかりで、とても「苦手」とは思えない。ここには、リコーダー、バスーン、弦楽と通奏低音のための協奏曲ヘ長調と、リコーダー、ヴィオラ・ダ・ガンバ、弦楽と通奏低音のための協奏曲イ短調が収録されているが、どちらも珍しい組み合わせの独奏楽器でそれぞれの楽器の良さが引き立つように作られた秀作。しかも一流行していたイタリア風の3楽章形式ではなく、4楽章形式なのが面白い。リコーダーの軽やかな音色と対比するように低音で雄弁に奏でるバスーン、リコーダーと対決するようなヴィオラ・ダ・ガンバ、とどちらも実に魅力的な協奏曲になっている。特にイ短調の協奏曲は、民俗舞曲的な側面が強く反映されており、テレマンの協奏曲の中でもひときわ輝く逸品である。さまざまな舞曲を組み合わせた構成の組曲は、テレマンの独壇場というジャンルである。ここではリコーダーの妙技が活かされた有名な、リコーダー、オーボエ、弦楽と通奏低音のための組曲イ短調、2つのオーボエ、弦楽と通奏低音のための「La Bizarre(風変わり)」という副題の付いたト長調の組曲の2曲を収録。イ短調の組曲では、フランス風、イタリア風、ポーランド風と各国の舞曲が組み合わされた中をリコーダーが縦横無尽に駆け巡る。「風変わり」ではやはり各国の舞曲がコントラストを付けて配置されており、最後に「Rossignol(ナイチンゲール)」というと鳥の鳴き声を模した珍しい楽章で幕を閉じる一風変わった組曲となっている。
     マンドーズのリコーダーは実に雄弁でまさに超絶技巧と呼べる優れたものながら、ひけらかすような部分はまるでなく、あくまで自然に妙技を聴かせる。これこそ、ベテランの味というものだろう。またヴィオラ・ダ・ガンバの名手フィリップ・フーロンが参加しているが、彼の渋みあふれる独奏はイ短調の協奏曲で堪能できる、マンドーズとフーロンは何十年も共演しているが、その息の合った演奏ぶりには聴きほれるしかない(個人的には、この二人の競演で、偏愛するテレマンの同曲を聴けるだけで大満足である)。残念ながらメンバー表が掲載されていないため、弦楽合奏と通奏低音の規模やメンバーは分からないが、その合奏能力は圧巻。かなり鋭い切り込みを聴かせたり、パワフルな迫力を聴かせたりと、曲に合わせた変幻自在の演奏を披露。この隠れた名盤、数あるテレマンのアルバムの中でも実に印象的な1枚と呼べるものである。(須田)

  • 凄腕揃いが共演!ヴィオラ・ダ・ガンバを中心とするテレマン・アルバム
    『テレマン:ヴィオラ・ディ・ガンバ~ヴィオラ・ダ・ガンバを伴う協奏曲、四重奏曲、ソナタ集』

    ローレンツ・ドゥフトシュミット(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
    アルモニコ・トリブート・アウストリア

    ARCANA A909 輸入盤

     ヴィオラ・ダ・ガンバの名手ドゥフトシュミット率いる凄腕揃いのピリオド楽器奏者から成るアルモニコ・トリブート・アウストリアによるテレマン・アルバム。1996年の録音で、おそらく3度目の再発売となる普及盤でお求めやすい価格に。ほぼあらゆる楽器を高いレベルで演奏できたと言われるテレマンは、人気のピークは過ぎていたヴィオラ・ダ・ガンバを主要な曲目でもソロ楽器として用いるなど、この楽器を愛していたようである。これはそんなテレマンがヴィオラ・ダ・ガンバを独奏にした作品を集めている。協奏曲、四重奏ソナタ、独奏ソナタ、無伴奏ソナタまで、作曲時期も多岐にわたる作品が集められている。このアルバム、なんと言っても今から見れば驚くべき超豪華なメンバーが参加している。トラヴェルソにはマルク・アンタイ、リコーダーはミヒャエル・オーマン、オーボエはアルフレート・ベルナルディーニ、ギター&テオルボにエドゥアルト・エグエス、チェンバロ&オルガンにグイド・モリーニ、そしてヴァイオリンにグナー・レツボール。名前を挙げるだけで古楽ファンなら狂喜するほどのメンバーだ。こうしたメンバーを揃えただけで、ドゥフトシュミットのこのアルバムにかけた思いが分かる。テレマンに対する深い敬意があるのだ。もちろん、これだけのメンバーが揃えば演奏はすごい!冒頭のリコーダー、ヴィオラ・ダ・ガンバ、弦楽と通奏低音のための協奏曲イ短調の傑作度は何度も述べているが、この演奏は個人的なベスト。オーマンの軽やかで自由自在のリコーダー、まるで居合で切り込むような鋭さのレツボールのヴァイオリン、雄弁な通奏低音、そして抜群のテクニックと存在感のドゥフトシュミットのヴィオラ・ダ・ガンバ。鋭く弾力のあるリズム、圧巻の合奏能力に心が躍る。シンプルにカッコイイのである。四重奏では、ヴィオラ・ダ・ガンバがトラヴェルソとヴァイオリンと対等に交わり、得も言われぬ美しさを演出。独奏ソナタや無伴奏ソナタではドゥフトシュミットの独壇場。深い深いヴィオラ・ダ・ガンバの音色をじっくりと堪能させてくれる。オーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のための協奏曲ト短調では、オーボエとヴィオラ・ダ・ガンバの音色の融合が甘美。ヴィオラ・ダ・ガンバをこれだけ魅力的に聴かせるテレマンという作曲家のすごさと、ドゥフトシュミットのすごさ、そして共演陣のすごさを思い知る1枚だ。テレマンを知るためにも、ヴィオラ・ダ・ガンバの魅力を知るためにも絶対に持っておくべき、まさにマスト・アイテム!(須田)

  • 19世紀フランスの偉大なる女性作曲家ファランクの交響曲!
    『ルイーズ:ファランク:交響曲第1&3番』

    ローランス・エキルベイ指揮インスラ・オーケストラ

    ERATO 9029669852 輸入盤

     ルイーズ・ファランク(1804-1875)は、19世紀フランスで活躍したピアニスト、作曲家、音楽教授。女性として初めてパリ音楽院で教授に就いたという音楽史に残る存在である。フンメルにピアノを師事し、パリ音楽院でレイハ(ライヒャ)に作曲、音楽理論、楽器法を習ったという。フランス革命後とはいえ、まだまだ音楽界の中で女性作曲家の地位が低かった時代に、さまざまな困難を乗り越え、男性と同じ待遇でパリ音楽院で教職に就けるようにしたという、女性作曲家の地位向上に尽力した偉大な存在でもある。そんなファランクは管弦楽作品、特に大規模な交響曲や序曲を作曲していた。それらは同時代のシューマンやベルリオーズらからも称賛されていたが、その後歴史に埋もれてしまう。20世紀後半から女性作曲家の作品が頻繁に取り上げられるようになると、ファランクの作品にも光が当たるようになり、その才能が徐々に知られるようになってきた。そしてこのディスクの登場である。まだまだファランクの作品の録音は少ないのだが、このピリオド楽器オーケストラによるすばらしい演奏は、ファランクの知名度をさらに上げるものになるだろう。
     ここに収録されたファランクの交響曲はどちらも短調。フランス的というよりもベートーヴェン的要素を受け継ぐドイツ・ロマン派の作品群に近い。悲劇的で壮大な序奏、甘美な旋律、確かな構成力と展開力、迫力の第4楽章と実に聴きどころ満載である。シューマンやメンデルスゾーンの交響曲と並べても引けを取らないスケールを持っている。個人的には第3番の迫力とエネルギーがすごいと思う。
     合唱指揮から名を上げ、現在では自らピリオド楽器オーケストラも結成し、ヨーロッパを中心に大活躍中のローランス・エキルベイは、2018年の国際女性デーを記念したロンドンのバービカンセンターでのコンサートで絶賛され、今年3月の録音に至ったそうである。オーケストラは女性が多く参加し、コンサートマスターも女性(バロックヴァイオリンの名手ステファニー・ポーレ)で、ファランクの音楽への意気込みを感じる。時に強烈な金管やティンパニを響かせ、壮大なスケールでファランクの交響曲を聴かせてくれる。弦楽の合奏能力にも目を見張るものがある。ピリオド楽器によるファランクの交響曲の世界初録音であるが、そんな限定的な評価を超えて、作品・演奏が普遍的な評価を得るべきすばらしいものだと思う。願わくば、一刻も早く、女性作曲家の中で、だとか、女性作曲家だから、という言葉抜きに、正統的に女性作曲家の作品が音楽史の中で評価されるようになって欲しい。21世紀になって、ずいぶんましになってきているとはいえ、まだまだどうしても性別の問題は付きまとう。このすばらしい録音がそんな世評を変えるきっかけになることを願わずにはいられない。(須田)

  • 19世紀フランスの室内楽の名作をピリオド楽器で!
    『ロマンティック・ドリーム~ファランク&サンサーンス:ピアノと弦楽のための五重奏曲』

    アイアンウッド(ピリオド楽器アンサンブル)
    レイチェル・ビーズリー&ロビン・ウィルソン(ヴァイオリン)
    サイモン・オズウェル(ヴィオラ)ダニエル・イードン(チェロ)
    ロバート・ナリン(コントラバス)
    ニール・ペレス・ダ・コスタ(フォルテピアノ)

    ABC CLASSICS ABC4819887 輸入盤

     日本ではそこまで知られていないが、オーストラリアは実はピリオド楽器演奏が盛んな国で、イギリスなどヨーロッパの古楽先進国との交流によって、研究も演奏も現在ではヨーロッパに引けを取ることがないほどになっている。そのオーストラリアの古楽界を代表する古楽器演奏家メンバーで2006年に結成されたアイアンウッドは、後期ルネサンスからロマン派までをレパートリーとするピリオド楽器アンサンブルである。中心メンバーのダニエル・イードンとニール・ペレス・ダ・コスタは、あのレイチェル・ポッジャーが参加していた時代のフロリレジウムに参加するなど、常に古楽界の第一線で活躍してきた名手である。
     このアルバムは、そんな優れたピリオド楽器アンサンブルであるアイアンウッドによる19世紀フランスのピアノ五重奏曲2編を収録している。1曲は、録音も稀な埋もれた傑作であるルイーズ・ファランクの作品。19世紀に女性音楽家の地位を向上させ、自らも優れた交響曲や室内楽を作曲し、シューマンやベルリオーズといった同時代の作曲家から称賛された偉大な人物である。このピアノ五重奏曲第1番作品30は1839年に作曲された作品で、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノという、シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」と同様の編成による作品である。この編成が示すシューベルトを意識して、またはピアノの師であるフンメルにも同様の編成のピアノ五重奏曲があるので、おそらくフンメル作品も意識して書かれたであろうこの楽曲は、イ短調という調性ながら、頻繁に転調し、長調的な響きも聴かれる。そして、ピアノのヴィルトゥオーゾ的パッセージが数多く出現し、ピアノ協奏曲のような様相を呈す部分もある。旋律はロマン派的で美しく、スケールの大きさにも特徴がある。さすがシンフォニストとして高い評価を得ていたファランクの作品である。知られざる作品としておくのはあまりにももったいない名品である。もしファランクがピアノ協奏曲を作曲していたらどんなにすばらしい作品だったであろうか、と想像してしまう。
     対してサン=サーンスの作品、ピアノ五重奏曲イ短調作品14、19世紀フランスを代表する有名室内楽曲の1つ。編成はヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、ピアノといういわゆる一般的なピアノ五重奏曲。作曲年代は1855年で、サン=サーンス20歳時の若書き。ファランクのピアノ五重奏曲の作曲年から15年ほどの開きしかないが、同じイ短調であるが、明確なロマン派的作風であったファランクに比べると、ずいぶんと近代的な作風に思える。それは第2楽章に顕著である。またピアノと弦楽のバランスもだいぶ異なるようだ。ファランクの作品がピアノ協奏曲的だとするならば、サン=サーンスのはより構成力の比重の置かれた交響曲的と言えるかもしれない。こうした比較ができるのも2曲続けて聴く利点であり、面白さである。
     演奏では、ピアノは、1869年製作のエラールのコンサートグランドを使用。その繊細かつ色彩豊かな響きは、作品の色彩感の再現に役立っている。アイアンウッドの演奏は、ピアノだけでなく、弦楽器の演奏法についても詳細な研究に基づくものであり、19世紀フランスの響きを再現する、真にオーセンティックな演奏と呼べるものであろう。おそらくどちらもピリオド楽器としては初録音となるが、そうした貴重度を超えて評価されるべき名演だと思う。
     ちなみに、CDジャケットに使われているのは、ギュスターヴ・カイユボットの『パリの通り、雨』(1877年 シカゴ美術館蔵)である。ちょうど19世紀の様子が描かれた収録作品にぴったりな絵画である。第2回以降の印象派展に出品しているため、印象派とされるが、他の印象と比べてアカデミックな写実的要素が強い。ただし題材は印象的で、この絵画のように市井の何気ない風景を印象的に切り取る絵画が多い。すばらしい画家なので、インターネット上でも数多くの作品を見ることができるので、ご興味を持たれたらぜひ調べてみていただきたい。個人的には「床削り」(オルセー美術館蔵)がオススメ。(須田)

  • ‶幻想様式”が炸裂するブクステフーデの傑作ソナタ集!
    『ブクステフーデ:ソナタ集作品1&2(通奏低音を伴うヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバのための2声のソナタ集)』

    レ・タンブル
    川久保洋子(ヴァイオリン)
    ミリアム・リニョル(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
    ジュリアン・ヴォルフス(チェンバロ)

    CD FLORA FLORA4320(2CD) 輸入盤

     世界最高峰のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者、フィリップ・ピエルロが主宰する古楽レーベルFLORAから、気鋭のアンサンブル、レ・タンブルの最新作が登場!ヴァイオリンの川久保洋子、ヴィオラ・ダ・ガンバのミリアム・リニョル、チェンバロのジュリアン・ヴォルフスの3人によるレ・タンブルは、権威ある古楽コンクールであるブリュージュ国際コンクールで2009年にアンサンブル部門で優勝し、国際的に活躍する実力派アンサンブルである。今回は、ブクステフーデのソナタ集作品1と2の全曲録音を2枚組で出してきた。
     最近では、若きバッハにとっての憧れの存在として、その再評価も進むブクステフーデは、17世紀後半、北ドイツにおいて大きな影響力を誇った作曲家、演奏家である。リューベックという都市において、その中心となる聖母マリア教会のオルガニストに就任し、アーベントムジークという夕べの音楽会を実施し、ヨーロッパ中から注目を集めていた。ブクステフーデは、教会カンタータやオルガン曲など数々の名作を残しているが、室内楽においても傑作が残されている。それが1694年と1696年にそれぞれ出版されたソナタ集作品1と2である。2声のソナタとなっているが、形式は、ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバを旋律楽器とするトリオ・ソナタの形式になっている。これはローマでコレッリが確立し、またたく間にヨーロッパ中に広まったバロック音楽の基礎となる形式であるが、ブクステフーデはコレッリのスタイルを踏襲しながらも、旋律楽器をヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバにし、時に楽章間をつなげるなど、独自の色をふんだんに混じえている。特に、スティルス・ファンタスティクス(幻想様式)と呼ばれたブクステフーデの形式にとらわれないインスピレーションに満ちた自由な作風が曲を斬新なものにしている。緩急自在のテンポ感覚、一瞬で雰囲気を変化させる和声法、各楽器の即興的要素など、ブクステフーデの魅力が存分に楽しめる作品群となっているのである。
     この極めて魅力的なブクステフーデのソナタをレ・タンブルのメンバーは、即興的装飾を随所に加えながら、実にエキサイティングに演奏する。3つの楽器が我こそは主役と丁々発止のやり取りを繰り広げる様は聴きものだ。こうした優れた演奏で聴けば、ブクステフーデが若きバッハにとって大いなる憧れであり、その影響力が絶大だったことも容易に理解できるだろう。ブクステフーデのこれほどの傑作をレ・タンブルの優れた演奏で聴かない手はないだろう。(須田)

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