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音楽は絵画のように

音楽は絵画のように
~第2回「サロメと洗礼者聖ヨハネ」~

 
『ストラデッラ:オラトリオ「洗礼者聖ヨハネ」』
ダミアン・ギヨン指揮ル・バンケ・セレスト
ALPHA ALPHA 輸入盤
 
 第1回がご好評いただきました、音楽と絵画を関連付けてCDをご紹介する企画「音楽は絵画のように」。
 第2回目は「サロメ」のお話。このテーマでご紹介するCDは、17世紀イタリアの天才作曲家アレッサンドロ・ストラデッラの傑作オラトリオ「洗礼者聖ヨハネ」です。(須田)

  • 『ストラデッラの肖像』

     ストラデッラは1644年にジェノヴァで生まれた作曲家です。幼少期より音楽の才能を発揮し、わずか20歳で、当時、多くの芸術家や学者を庇護し、自らも豊かな教養を持っていたスウェーデンのクリスティーナ女王に作曲依頼されるなど、早くからその名声は轟いていました。しかし、彼の放埓な性格が順風満帆な人生を許しませんでした。生来の遊び好きでプレイボーイだったストラデッラは、各地で問題を起こします。数多くの女性と関係を持ち、これが彼の庇護者である貴族たちに伝わり、糾弾を受け、挙句の果てに教会の金を使い込んで、逃走。逃亡先のヴェネツィアでは、またもその才能からある貴族のお抱え音楽家となり、その愛人の音楽教師を務めるもまたその女性と関係を持ち、それが露見すると、貴族からは殺し屋を雇われ、殺害されそうになりながら辛くも逃亡。次の逃亡先であるジェノヴァで、再度作曲家として成功し、安泰といった矢先に、ここでもまた女性問題を起こし、ついに殺害されてしまいます。あまりにも放埓な人生で、殺されそうになっても貴族の関係者など手を出しては必ず問題となる女性とばかり関係を持ってしまうのは、もうストラデッラの業としか思えません。彼が殺されたとき、38歳。その音楽的才能を考えれば、実に惜しまれる早世ですが、ストラデッラにしてみれば、好き放題遊びつくした悔いのない人生だったのかもしれません。
     あまりにも人生のエピソードが強烈なために忘れられがちなのですが、ストラデッラの音楽的業績にも触れておきましょう。ストラデッラは、その後にコレッリが完成させた合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)というバロック音楽の器楽合奏の“肝”となるような様式を創始し、オペラやオラトリオといった劇作品におけるレスタティーヴォに初めて合奏の伴奏を導入し、そのドラマ性を高めたという音楽史的貢献をしています。その音楽はひらめき満載で、今聴いても生命力に満ちあふれる、大変魅力的なものなのです。

  • 『カラヴァッジョ︰「聖ヨハネの斬首」』

     オラトリオ「洗礼者聖ヨハネ」は、天才ストラデッラの最高傑作とされる作品です。完成度の高さは古今のオラトリオというジャンルの音楽においても随一、その地位は最高峰と呼べる内容です。題材は、新約聖書に基づき、イエス・キリストの先駆者にして、イエスに洗礼を行ったという、洗礼者聖ヨハネの最期を描いています。そのストーリーはこのようなものです。古代パレスチナの領主ヘロデは、自分の兄弟の妃だったヘロデアと再婚しました。ヘロデは兄弟の妃を娶るという当時では犯してはならない罪故に、群集の人気を集めていた洗礼者ヨハネに糾弾されていましたが、王の権限を利用し、ヨハネを捕らえてしまいました。ある宴で、美しい踊りを見せたヘロデアの連れ子の娘に何でも好きなものを褒美としてやろうと約束したところ、ヘロデアの画策により娘はヨハネの首を求めました。群集に人気のあるヨハネを処刑することを恐れたへロデは困り果てましたが、結局、ヨハネの首を刎ねさせ、約束どおり、娘に与えたのでした。

  • 『アルテミジア・ジェンティレスキ︰「洗礼者聖ヨハネの首とサロメ」』

     聖書にはこの娘の具体的な名前は出てきません。ヘロデアにそそのかされ、踊りの報酬にヨハネの首を求める娘が、後にサロメという名で広まり、やがて定着したのです。ストラデッラの活躍した時代にはすでにサロメの名前は定着していたようですが、オラトリオ「洗礼者聖ヨハネ」の中では、ヘロデアの娘という役名になっています。
     このサロメという名前を得た娘、踊りの褒美に聖者の首を求めるという異常さ故か、ルネサンス初期から芸術家たちの格好の題材となりました。美しい少女が舞を踊り、報酬に聖者の首を求めるというストーリーは、なんとも強烈ですから、芸術の題材となりやすいというのも頷けますね。聖書の中の話では、首を求めたのは、母親のヘロデアにそそのかされたためとなっているのですが、だんだんとサロメ自身がヨハネの首を求めたと解釈されるようになっていきます。聖書の中での明確な悪役はヘロデアなのですが、サロメの名前を得た娘が一気にスポットライトを浴び、この物語の主役となっていくのです。有名な画家たちもサロメを数多く描いています。ボッティチェリやクラーナハ、ティツィアーノ、カラヴァッジョといった大画家たちは、それぞれ個性的にサロメを表現しています。バロック時代のイタリアの優れた女性画家アルテミジア・ジェンティレスキは、刑吏がヨハネの首を切った直後にその首を皿に乗せてサロメのところに運んできた場面を描いていますが、サロメのどこか嫌がるような、汚らわしいものを見るような態度が思わせぶりです。男性画家が描いたサロメとの違いが明確で、興味深いですね。

  • 『ギュスターヴ・モロー:「出現」』

     このようにサロメは、芸術家にインスピレーションを与える存在となり、やがて男を破滅に導く<宿命の女(ファム・ファタル)>の代表格とされて行くのです。そのサロメ=<宿命の女>という図式を確立したのが、あのオスカー・ワイルドでした。オスカー・ワイルドの有名な戯曲「サロメ」(1891年フランス語版、1894年英訳版)は、サロメを妖艶な美女として描き、最後にはヨハネの首に口づけをするという衝撃的な場面が描かれました。そのせいで、上演に当たっては大変な物議を呼び、その内容の背徳性からイギリスでは1930年代まで上演できなかったそうです。ワイルドは、聖ヨハネの最期の物語の主役をサロメにし、聖者に恋をし、その首を求めるほどの異常な愛情を持つ破滅的な女性像を打ち立てたのです。ちなみにワイルドがこの物語の創作するに当たってのインスピレーションとして指摘されているのが、フランス象徴派の画家、ギュスターヴ・モローのサロメを描いた一連の作品です。近年、モローは日本でも大人気で、モローの名を冠した展覧会が開かれることも多く、また関連書籍や画集も数多く出版されているため、ご存じの方も多いでしょう。掲載した「出現」という作品は、サロメの前にヨハネの首が浮かび上がるという物語にはないモローによって新たに作り上げられた場面を描いたものですが、サロメの艶やかな衣装や佇まい、オリエンタルな雰囲気、独特の色彩、なにより幻想的な画面そのものが、直接的なものか間接的ものかは分かりませんが、ワイルドに影響を与えたとされるのも頷ける印象の強さではないでしょうか。

  • 『オーブリー・ビアズリー:オスカー・ワイルド「サロメ」の挿画』

     このワイルドのサロメ像の確立に重要な役割を果たしたのが、オーブリー・ビアズリーでした。「サロメ」の英訳版にビアズリーが付けた挿絵は、妖艶な魅力を放ち、当時の人々に大きな衝撃を与えました。現在の私たちから見れば、こんなにもぴったりとくる劇と挿画もないのですが、ワイルドはこのビアズリーの挿画を気に入らなかったそうです。ビアズリーは、妖艶な描線を持つ独特なペン画が主に芸術家たちから賛辞を浴びましたが、健康を害し、貧困の中、わずか25年の生涯を終えました。しかし、ビアズリーの作品が、後世に残した影響はすさまじく、絵画だけでなく、イラストや漫画、アニメなどにおいてもビアズリーの影響と思われるものが数多く作られています。そのビアズリーが描いたサロメは、ワイルドが戯曲の中で作り上げたサロメとあいまって、サロメという一人の女性の印象を世の中に強く印象付けました。現代におけるサロメ像は、ワイルド/ビアズリーのサロメのイメージを避けて通ることはできません。<宿命の女>としてのサロメ像はこうして決定的なものとなったのです。
    しかし驚くべきことに、この<宿命の女>=サロメという図式をワイルド/ビアズリーよりも200年以上早く、先取りしていた人物がいました。それがストラデッラだったのです。

  • 『フラ・フィリッポ・リッピ:ヘロデの饗宴でのサロメの踊り』
    ※フラ・フィリッポ・リッピは修道士でありながら、修道士と駆け落ちした15世紀前半のフィレンツェを代表する画家。女性との愛に生きたところがストラデッラとの共通点です。

     オラトリオ「洗礼者聖ヨハネ」の登場人物は、洗礼者聖ヨハネ(カウンターテナー)、ヘロデ王(バスかバリトン)、ヘロデの妻ヘロデア(メゾ・ソプラノ)、ヘロデアの連れ子である少女(ソプラノ)、宮廷顧問官(テノール)、ヨハネの弟子(テノール)。1時間ほどの作品ですが、音楽的充実度はかなりのものです。冒頭の器楽合奏は、合奏協奏曲の様式で書かれ、これから始まる物語を盛り立てます。歌の最初は、ヨハネの美しいアリアではじまり、ヘロデの不貞を糾弾する覚悟を歌います。気品のある表現や凛とした旋律など、ヨハネのストイックな人物像を聴き手に印象付けます。ヨハネ役は現在ではカウンターテナーが歌うことが常ですが、当時はカストラートが歌ったのでしょう。カストラートといえば、当時の花形歌手ですから、ヒーローであるヨハネ役には最適だったのでしょう。ヘロデ王は当初こそ威厳のある様子だったのに、後半では不安げでヨハネを処刑することに対する恐怖心を隠さなくなるほど怯えた様子を見せていきます。ヘロデアは自分の不貞が糾弾されることに怒りをぶつけるヒステリックな存在として描かれています。そして、ヘロデアの娘(サロメ)は、物語の最初こそ、純真無垢な少女のように清新な旋律を与えられていますが、母親の依頼からヨハネの首を求めるようになってくると、その行為こそ我が望みとばかりに高揚し、ヘロデに執拗に首を求めるようになります。ヨハネの首が刎ねられてからは、これこそ我が至上の喜びとたたえるようにまでなるのです。象徴的な音楽は第1部と第2部の終曲にあてられているヘロデとヘロデアの娘の二重唱で、第1部の終曲の二重唱は、まだヨハネの斬首の決定がなされていないので、調和した美しい歌となっているのですが、ヨハネの斬首がなされてしまった第2部の終曲のサロメとヘロデの二重唱は、第1部と同じような旋律であるにも関わらず、喜びに満ちたサロメと不安でいっぱいのヘロデの歌が全く調和しないというなんとも不気味な響きを持つ二重唱になっているのです。サロメは「なんて幸せな日!」と歌い、ヘロデは「なんて不幸な日!」と嘆くこの終わりの二重唱は、二人の感情の決定的な相違を描いた物語全体の内容を象徴する音楽となっているのです。ストラデッラの音楽は全編において冴え渡り、特に登場人物の心情の変化を描き分けたアリアとその伴奏が秀逸です。特にサロメの変調とともに、物語が徐々に狂っていく様子を音楽の変化で見事に表現した腕前は天才的としか表現できません。そして、異常さや不吉さを暗示するかのような唐突な幕切れも大変効果的です。わずか1時間ほどの音楽劇の中にこれでもかと詰め込まれた音楽技法と音楽によるストーリーテリングの卓越さは、ストラデッラの才能を示すものでしょう。義理の父が「なんて不幸な日!」と歌うそばで、「なんて幸せな日!」と恍惚に歌うサロメは、まさに<宿命の女>そのものなのです。

  • 『ストラデッラ:オラトリオ「洗礼者聖ヨハネ」』
    マルク・ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊
    ジェラール・レーヌ(洗礼者聖ヨハネ=カウンターテナー)
    キャスリン・ボット(ヘロデアの娘=ソプラノ)
    フィリップ・フッテンロッハー(ヘロデ=バス)他
    ワーナークラシックス WPCS-16303 国内盤日本語解説・歌詞対訳付

    古楽隆盛時代である現在においてもストラデッラの音楽はCDとして録音されることは多くありません。まだまだ研究の余地ありとされているのかもしれませんが、ストラデッラの音楽のすごさは演奏者に録音を躊躇させるほどのものなのかもしれません。「生半可な覚悟では演奏が音楽に負けてしまうぞ」という意識があるもかもしれません。その中で幸運なことに、このオラトリオ「洗礼者聖ヨハネ」には、複数の録音があり、どれも渾身の録音となっています。第一にオススメしたいのが、マルク・ミンコフスキ指揮ルーヴル旧音楽隊による録音(WPCS16303)です。1990年代後半に登場したこの録音は、洗礼者聖ヨハネ役に天才カウンターテナー、ジェラール・レーヌを起用し、その天賦の美声と唯一無二の表現力で、高潔なヨハネ像を打ち立てています。このヨハネと対照的なサロメは、古楽系名ソプラノ、キャスリン・ボットが歌っており、徐々に妖艶な狂気を得ていくサロメの変容を見事に表現しています。サロメに振り回されるヘロデ役のフィリップ・フッテンロッハーの芸達者ぶりも光ります。全体的に、ストラデッラの音楽のすごさがストレートに伝わるもので、また日本語解説と歌詞対訳付きであることもうれしい限りです。ストラデッラの音楽を知る最初の一枚として最高の内容です。

  • 『ストラデッラ:オラトリオ「洗礼者聖ヨハネ」』
    ダミアン・ギヨン指揮ル・バンケ・セレスト
    ポール・アントワーヌ・ベノス・ジアン(洗礼者聖ヨハネ=カウンターテナー)
    アリシア・アモ(ヘロデアの娘=ソプラノ)
    オリヴィエ・デジャン(ヘロデ王=バス)
    ALPHA ALPHA579 輸入盤

     2020年に発売されたダミアン・ギヨンとのそのアンサンブル、ル・バンケ・セレストによる演奏(ALPHA579 輸入盤)は、ミンコフスキ盤にも負けない充実度を誇ります。才能ある若きカウンターテナー、ポール・アントワーヌ・ベノス・ジアンによるヨハネは、ミンコフスキ盤におけるレーヌの歌唱を髣髴とさせるもので、ストイックなヨハネを見事に演じています。アリシア・アモのサロメも変幻自在の歌唱で純真から妖艶へと変わっていくサロメの変容を巧み表現しています。実力派カウンターテナーとして名高いギヨンはここではチェンバロからの指揮に徹し、特に苛烈なまでの通奏低音演奏で、登場人物の心情を抉り出していきます。全体的にミンコフスキ盤以上にドラマティックな音楽として仕上がっているように思えます。その演奏の力の入れようには脱帽です。まさに満を持しての録音と言えるでしょう。

  • 『ピエロ・デラ・フランチェスカ:「キリストの洗礼」』
    中央のキリストの頭に水をかけている人物が洗礼者聖ヨハネ。

     最後に、タイトルにもなっている洗礼者聖ヨハネについて触れておきましょう。洗礼者聖ヨハネは、イエスの先駆者としての役割を担っています。聖書によれば、マリアと親戚関係にあるというエリザベツを母とし、その誕生はイエスと同様、大天使ガブリエルによって知らされていたとされています。成人してからは、らくだの皮でできた服を着て、ヨルダン川近くの荒野で、人々に悔い改め、洗礼を受けるように訴えていたといいます。美術においては、格好の題材となっており、単身像として描かれる他に、イエスに洗礼を施す場面が描かれたり(ピエロ・デッラ・フランチェスカ「キリストの洗礼」など)、幼子イエスの年の近いお兄さんのような幼い姿で描かれたり(ラファエッロ「聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ(美しき女庭師)」)と、宗教画においてよく登場する存在なのです。

  • 『レオナルド・ダ・ヴィンチ:「洗礼者聖ヨハネ」』
     
     そうした洗礼者聖ヨハネの絵画の中でも最も有名なもっとも有名なものは、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画でしょう。漆黒の闇の中、顔から上半身にかけて超越的な光を浴びて浮かび上がるヨハネの姿。右手は天を指さし、左手にはヨハネのアトリビュートとしてよく描かれる杖がうっすらと描かれています。おしゃれな巻き髪で微笑を浮かべ、こちらを見つめるその顔はなんとも蠱惑的で、通常のイメージにある荒野でストイックに世の中の腐敗を糾弾するヨハネのストイックさはあまり感じられません。どちらかというとこれまでこの記事で見てきたサロメの印象にも近い、妖艶さを持っているようにさえ思えてきます。レオナルド・ダ・ヴィンチは当時の一般的な思想とはかけ離れた、極めて独自の思想を持っていたのではないかと私は常々思っているのですが、このヨハネ像もその一つではないかと思います。なにかとトラブルを起こしがちな存在ながら、どこか憎めず、寵愛していた弟子の美少年サライをモデルにしたとされるのは、こうした妖艶さからかもしれません。しかし、私は、このヨハネの絵は、レオナルド・ダ・ヴィンチの、壮大な野望を示すものだと考えています。その野望は大いなる禁忌に当たるため、公には出来ません。しかし、自己顕示欲の強いレオナルドは、それを絵画として示していたのではないかと思えるのです。それがなにかというのは・・・、また別の機会に。

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