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 2000年代
土屋花生 (SS、AS)
国際基督教大学 モダン・ミュージック・ソサエティOG
2002年 第33回大会 出場
2003年 第34回大会 出場
2004年 第35回大会 出場 (特別賞・優秀ソリスト賞・マクドナルドi'm lovin' it賞受賞〉
(第36回大会寄稿)

  山野では何が起こるかわからない、という言い伝えは、とんでもないアクシデントのことを言うのだと思っていた。そして、その言い伝えが本当だったということを、私たちは身をもって知ることになった。信じられないくらいに嬉しいアクシデントだったけれど。
 あの夏の(といってもまだ去年の話)三冠受賞には、きっと皆それぞれの思いがあるだろう。特別賞は泣けたし、ソリスト賞には腰が抜けた。でも、100%に嬉しかったのはマクドナルドi'm lovin' it賞だったね、と今みんなで振り返っても全員一致だ。一番楽しかったよと言われたのだから、音楽をやる者にとってこれ以上の喜びはない。
 練習内容も個人の技量も支えてくれる人たちも、どれもこれも大切で、入賞できなかった2年間だってその大切さは同じだった。去年は何が違ったのかな、そう考えて思い当たることはひとつしかない。2004年度のMMSは、確実に、[チーム]だった。青臭いと言われようが、古臭いと言われようが、それしかないと思う。ひと夏をたった15分でジャッジされる山野のステージは、死ぬほど緊張したけれど、それでも怯えてはいなかった。腹を括るというのはつまり、何かを信じきるということで、去年の私たちにはその「何か」―今までやってきたことと仲間たち―があったからだ。
 現在、私は大学院に進みながら、翻訳者として本を出したりしている。音楽とは事実上関係の薄い世界だけれど、私にとっても、あのバンドにいた、今はそれぞれの道に進みはじめている仲間たちにとっても、あの夏のことは一生変わらない、記憶の日向のような場所であり続けるだろう。今自分のしていることが音楽と関係あるだのないだの、そんなレベルを超えて、私たちは絶対的な何かをいつの間にか手に入れたのかな、そうも思う。切り捨てて切り捨てて、ぎりぎりの毎日でも、今思えばとても楽しかった。泣いても仕方ないのに何もできない苦しさも、飛び上がってくしゃくしゃに抱き合う喜びもそうそう無いものなんだということは、引退してから知った。卒業式の夜、これでハッピーエンドだとはしゃぐ私に、まだエンドじゃないけどね、と笑ってたしなめた仲間がいた。そのときは少し驚いたそのひとことの意味が、今になって判りはじめている。同じチームにいた仲間たちが、これからの人生、いつかあの時以上の濃い何かを、と心のどこかできっと虎視眈々と狙っているだろうということを、私は知っているし、願ってもいる。たとえ今は、それぞれの新しい場所に少し戸惑っていても。
 今年も、これから先も、山野で[チーム]なバンド、願わくば[ファミリー]級のバンドに出会えたらいいなと、私は密かに願っている。本物のチームにならきっと何かを返してくれる。山野とは、そういう場所だ。
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