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 1990年代
井川弥生(P)
国際基督教大学モダン・ミュージック・ソサエティ OG
1996年 第27回大会 出場
1997年 第28回大会 出場 (優秀ソリスト賞受賞)
1998年 第29回大会 出場 (優秀賞受賞)
ジャズピアニスト
(第37回大会寄稿)

 通算三回出場した山野BBJCには、それぞれの思いがある。MMSにはICU入学当初から迷わず入部したものの、一年生の夏は海外旅行をしていた。だから、二年生の山野BBJCでは訳も分からずとにかく必死だった。三年生で優秀ソリスト賞をいただいた時は正直「大変なことになった!」と思った。これがきっかけで電通大のジャズ研に通うようになり、その繋がりでできた友人は今でも貴重な存在だ。
でも、一番思い出に残っているのはバンマスだった四年生の時の山野BBJCだ。同期が私を含めて三人なのに加えてブラスセクションの人数が足りなかったその年のバンドでは、まずは人数確保で苦労した。やりたい曲は沢山あったけれども、演奏可能な曲を選択するのが第一だった。これならと思って練習を始めた曲でも、お手本CDの演奏のようには行かず、音がバラバラになってしまう。
そんな時に指導して下さった方やOBが練習やその後の話し合いで教えてくれたのは、模倣ではなくMMSなりの解釈で私達にしか出せない音の最高の形を目指すことの大切さだった。自分達のフォルテを上手く引き出す方向性はバンドにとって大きな転機になったと思うし、その後の私の音楽生活の土台になった。夏合宿の半ばくらいからだろうか、バンドとしての個性をメンバーが漠然と掴み始めた頃に、音やリズムが不思議とまとまってきた。メンバー18人が一つのことを信じきるというのは、それだけでエネルギーが凄くドライブする。だから、練習以外でも皆で食事をしたりして一緒に過ごすのがとにかく楽しかった。
 山野BBJC当日は出来ることはやり尽くしたという自信と諦めの中間のような気持ちからか、何が起こってもこの瞬間を楽しもうと思って演奏した。無伴奏ソロの途中でリズム隊がピタッと入ってきた時はチームとしての信頼を実感して感動したのを覚えている。結果はまさかまさかの優秀賞。コンマスの純子をはじめメンバー全員に、チームプレイヤーとして音楽する醍醐味を知ったことに、今は当時以上に感謝している。
山野BBJCが終わって定期演奏会を経て、私は卒業時のアメリカ演奏旅行後に単身でニューヨークに移り住んだ。あれから7年が経って、新しく出会った人と共演する度に目が覚めるような経験をするけれども、やっぱり私はバンドマニアだと気付かされる。バンド特有のケミストリー、チューン・インした時に共有できる感動は一度知ったら忘れられない。
今年はニューヨークでバンドを組んでいるメンバーと初の日本ツアーをします!
これが、私の今年の「山野バンド」です。8月23日から8月31日、皆さんの街にも(きっと、多分)「井川弥生NYトリオ」が行きます。是非、私達の音楽を共有しにいらして下さい。
(詳細:http://www.yayoiikawa.com)

現役の皆さん、今日は仲間と音楽できるこの瞬間を楽しんで下さい。
思い切り弾けて、そして燃え尽きずに。
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