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 1990年代
佐久間健二 (TS)
大東文化大学 オフ・カラー・バンド OB
1996年 第27回大会出場
(第38回大会寄稿)

「憧れ」を「現実」に

 YAMANO BIG BAND JAZZ CONTESTは自分にとって「憧れ」だった。
 大東文化大学OFF COLOR BANDに所属していた私は、1・2年生の時はコンテストに参加できず、毎年指をくわえて観客として観ているだけで、ステージはただただ「憧れ」でしかなかった。そんな熱い想いが後押しとなり、コンサートマスターになった3年生の春にYBBJC参加を決意した。大学でBig BandをやっているのにYBBJCに参加しないという選択肢は全くなかったからだ。
 幸いにもメンバーに恵まれ、日本青年館のステージに立つことを許され、「憧れ」が「現実」になる瞬間がついに目の前に来た。「観る」立場から「演(や)る」立場になる、こんなに緊張したことはなかった。(演奏直前のリハーサル室で、メンバーに「緊張しないで楽しもう!」なんて言ってた自分が一番緊張して見えた・・・と後にあるメンバーが言っていた。)しかも、自分たちの前は同志社大学ザ・サード・ハード・オーケストラで、当時ライヴ盤が発表されたばかりのJaco Pastorius の「Domingo」をかなりのド迫力で演奏していて、正直怖気づいていた。
 それでも、自分たちの演奏が終わると充実感であふれていたように思う。自分の演奏以上に、みんなでやり遂げたことが本当にうれしかった。当時のメンバーは決して演奏レベルが高いわけではなく、コンマスとしてメンバーの演奏をまとめるのも大変だった。思うように行かず何度も「だめだ」と思ったが、YBBJC本番が近づくにつれ、不思議と変な一体感が出てきた(ステージ衣装としてみんなでタンクトップを買ったり・・・)。この時、同じひとつの目標に向かってがんばっていこうとみんなが思っていたんだろう。だからこそ、特別に賞をとったわけではないのに、不思議と充実していたようにいまさらながらに思う。
 大学卒業後、そのときの一体感が忘れられず自分でバンドをつくってしまった。あれから10年以上経った今でも、いまだにその当時のメンバーと一緒にBig Bandができることが正直不思議だが、なぜか続いている。「きっと、みんなもあの時の一体感が忘れられないんだろうな」と思っているのは自分だけかもしれないが・・・。
 現在は大学職員として仕事をしている。大学で日々学生と接していると、YBBJCを目指して練習していたあの頃を今でも鮮明に思い出す。うちの学生にも、かたちはどうであれ、「憧れ」が「現実」になることを実感してほしいなと思う。YBBJCのステージを目指して日々練習にあけくれた皆さんのように。
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