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 1980年代
三村慎司(TS)
法政大学 ニュー・オレンヂ・スウィング・オーケストラ OB
1983年 第14回大会 出場
1984年 第15回大会 出場
1985年 第16回大会 出場
スイングジャーナル副編集長
(第38回大会寄稿)

「新橋の夜は更けて…ある音楽誌編集者の独白」

 もー、阿部さん、勘弁してよ。こっちだって創刊60周年で大変なんだから。だいたい、原稿は書かせるのが仕事で、書くのは面倒で嫌いなんだよね。えっ、ビール一杯おごる。じゃあ、しょうがねえな。枝豆と冷や奴もつけてよ。どれどれ、参考にくれた去年のプログラムでも見てみるか。ったく、学生の書いてることは20年前と全く変わってないね。ホントくだらねえなー。だいたい、この文章で演奏レベルまでわかるってもんよ。特にこの学校は駄目だなー。親ならぬOBの面がみたいね。なになに法政大学ニュー…。まあいいや。
 それで「今昔物語」だな。フーン、ハイソOBの生明さん(BMG JAPANプロデューサー)、いいこと書いてるじゃん。日頃の過激行動は何処へやらだね。でも、最近は彼のお陰で本田雅人さんとも飲めたし、専修グリーン・サウンズOGで幻冬舎の敏腕編集者、山口ミルコ女史ともお知り合いになれた。感謝しなきゃ。それにしても本田さんと飲めたのは、嬉しかったね。なんたって、“ニュー・タイドの本田、YBBJC衝撃のデビュー”を目の当たりにしてるんだから。ホントにあの時は腰が抜けましたよ。同じ大学生なのに、どうしてこうも巧いのか、しかもイケメン。ああ妬ましい。でも,素顔の本田さんは気さくで、YBBJCが大好きで、鍋をつつきながら学バン時代の思い出を語り合えたのは貴重な体験だった。本田さん、今年も学生達をビシビシ指導してやってください。そうそう、審査員といえば守屋純子さん、この方も“ハイソの女帝”と呼ばれた頃から存じてますが、今や世界のMORIYA。《モンク・コンペ》で優勝しちゃって、もう凄いんだから。忘れ物に気をつけて、これからもご活躍下さい。
 えっ、人のことはいいから自分のことを書け。ハイハイそうでした。でも、たいした戦歴が無いんだから仕方ないじゃん。はっきり言ってイイ思い出はないのよ。だいたい同級のサックスには、ソリスト賞を獲った池田篤や竹野昌邦、さらに米米クラブのフラッシュ金子なんかがいて、ひとつ上に本田雅人に吉田治、下には近藤和彦と、プロになった連中がゴロゴロいてさー、もー、こいつらさえいなければ俺にソリスト賞が…。なんてことあるわきゃねえな。おーい、ネーちゃん。焼酎お湯割りお代わり。梅干しも忘れないでね。
 で、何だっけ。そうだよ、だいたいウチのバンドは人が足りなくてヨレヨレだったんだから。でも、本当に大学で楽器やめなくて良かったよ。その後、後輩が頑張ってニューオレも持ち直したし、俺にしても卒業後、某社会人バンドに潜り込み、スイングジャーナルに転職、そしてカミさんもバンド内でゲット。これぞ怒濤の三段階逆スライド式バンドマン人生だ! どうだ文句あるかチクショー(涙)。責任者出て来ーい。えっ、もう閉店、お呼びでない、そりゃまた失礼いたしました。(了)
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