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 1980年代
堀打 淳 (Tb)
同志社大学 ザ・サード・ハード・オーケストラ OB
1980年 第11回大会 出場 (スイングジャーナル賞受賞)
1981年 第12回大会 出場 (スイングジャーナル賞受賞)
1982年 第13回大会 出場 (TBSラジオ賞受賞)
1983年 第14回大会 出場 (特別賞受賞)
(第38回大会寄稿)

 「同志社大学ザ・サード・ハード・オーケストラが最優秀賞を受賞」。こんな知らせが、卒業してから20数年した、昨年のコンテスト終了直後に舞い込んできた。よみがえる数々の思い出。はるか東京の山野の舞台めざして、懸命に格闘した暑い夏が思い出された。卒業して20年以上経った今も、後輩たちがあの同じ場所で若いエネルギーを発散しているのだと思うとうれしくなった。卒業してから練習場に足を運んだことはなかったが、どうしても一言お祝いの言葉を彼らにかけてやりたかった。
 改築はされていたが、あの懐かしい練習場はそのままだった。20数年ぶりにそのドアを開けるとき一瞬、過去にタイムスリップしたような気がした。「昔ここでコンマスしていた者ですが…」と名乗ると、練習中の彼らは全員起立で大歓迎してくれた。自分たちの時代は、薄汚い男だけの集まりだったものだが、女性も多く、とてもさわやかで気持ちのよい若者たちに時代の流れを感じた。考えてみれば親子ほど年が違うはずだ。そんな後輩たちがあの同じ空間で今も音楽と格闘しているということに感激した。また相変わらずのエレクトリック&コンテンポラリー路線を踏襲しているというのも何だかうれしかった。わずかの時間だったが、とても楽しい時間を過ごし、名残惜しい気持ちのまま練習場を後にした。
 後日、コンテスト当日の演奏をCDで聴いたが、サード・ハードのみならず、学生ビッグ・バンドのレベルの高さには驚いた。今年で38回を迎えるYBBJCの果たした役割の大きさにあらためて気づかされるとともに、私も含め、今まで数多くの若者たちに自己実現の場を与え続けてこられた実行委員会の方々の御努力に敬意を表したい。私は現在京都で高校教師として、また吹奏楽部の顧問として若いエネルギーを相手に毎日を過ごしている。山野をめざして格闘した4年間が今の私の原点になっていることは間違いない。若い日々だからこそできることがある。キラキラ輝く目をした若者が自己を燃焼できる場をぜひこれからも提供していっていただきたい。

 若い後輩たちの活躍は、私に明日への活力を与えてくれた。長い間、後輩たちの演奏活動を聴くこともなかったが、これを契機に、また陰ながら現役生の活動を何らかの形で応援していきたいと思っている。後輩たちと、YBBJCが今後ますます発展されることを心より願っています。
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