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 1970年代
御子柴秋彦(TS)
早稲田大学 ハイ・ソサエティ・オーケストラ OB
1977年 第 8回大会 出場 (優秀賞受賞)
1978年 第 9回大会 出場 (最優秀賞・最優秀ソリスト賞受賞)
1979年 第10回大会 出場 (敢闘賞受賞)
(第38回大会寄稿)

 「YAMANO BIG BAND JAZZ CONTEST」には3回出場した。中でも、1978年(第9回)のことは生涯忘れられない。
 何より、運営本部や他の出演校の方々に多大なる迷惑を掛けたことを、8月になるたび、日比谷公会堂(当時の会場)の光景、ジージーうるさい蝉の声とともに思い起こしては、申し訳なく反省している。何しろ、当バンド全員分の譜面をケースごと倉庫に置き忘れ、これを取りに戻るため、出演順序を繰下げて頂いたのだから…。
 出場停止になっても仕方のない状況であったが、審査対象外でも演奏だけはさせて貰えれば…、との思いの中、司会者(故 いソノてルヲ氏)の「早稲田・ハイソの諸君は、今年とても乗っていて、スイスのモントルーまで遠征したけど、乗りすぎたのか、今日は譜面を忘れてきて、所定の時間に遅れました。審査員の皆さん、どうぞ減点してください!」のアナウンスを聞いた時は、この寛大な処置(=演奏は出来る)に感謝した。
 メンバーは皆、演奏出来ることが純粋に嬉しかった。無欲であった。結果は、何と最優秀賞であった。確かに、皆、鬼気迫る演奏をしていたと思う。もし譜面を忘れなかったら、あれほどの演奏が出来たであろうか。
 加えて、最優秀ソリスト賞まで頂いた。驚いた。フィーチャーものでもないし、コンマスにもなりたてで、色々なことで、自分のソロを考えるどころではなかった。
 最優秀賞バンドへのご褒美は、その9月に「武道館」で行われる「モンタレー・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパン」への出場権であり、サド・ジョーンズ、メル・ルイスとの共演も実現した。
 音楽は大好きだったが、プロの道には進まなかった。そこまでの踏ん切りがつかなかったというのが正確かもしれない。友人達からは「1年と持たないだろう!」と言われた会社勤めも、はや27年が経った。どちらが本当に良かったのかは検証するすべもないが、悔いは無い。いつでも音楽は大切なものであったし、しばしば自分を救ってもくれた。
 今も、アマ・プレーヤーとして、お客様の前で演奏する機会に恵まれている。お客様の立場・気持ちを踏まえ、「押し付けがましくなく」全力を尽くす、との基本は、ビジネスでもステージでも変りがないはず。次のオン・ステージでも、「予想は躱(かわ)し、期待に応える」パフォーマンスを目掛け、今日を生きるとしよう。

 さて、出場される皆さん! どうぞ思いっきり、取り組んで下さい。アクシデントがあっても、凹むことなく。

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