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 1970年代
田中 徹 (Sax)
日本大学 リズム・ソサエティ・オーケストラ OB
1970年 第1回大会 出場
(第35回大会寄稿)

あ の 頃

 全国の大学を巻き込んだ所謂「学園紛争」も、そろそろ沈静化の様相を呈し始めた昭和45年。そんな環境の中、私は大学2年になり、明けても暮れてもjazz!それも憧れていた、「大学のフルバンド」で演奏する醍醐味を存分に満喫する幸運に恵まれた。元はと言えば、当時、小学生だった私に、兄が、在学していた大学、中央大学スウィング・クリスタルのツアーを見、聞く機会を作ってくれ、それが田舎の子供に大きなショックを与えちまったと記憶します。
  入部して余り時間が経たない頃にSAXの上級生が病気になり、思わぬレギュラー。小学生の時に感動した「学バン演奏旅行」が、こんなに辛いとは、話がちゃうやん?とは言えず。当時から日大は3バンドある中、全学統一バンドということで色々な大学行事に参加。そして、「山野楽器」さんから、ビッグ・バンド・フェス(当時はコンテストでは無かった)への参加を促される。
  昭和45年6月20日、大手町サンケイホール。
  我々は一見、派手派手しくて、受け狙いとしては格好のバンドと踏んだ「バディ・リッチOrch」に目を付けました。が甘くは無かったですね。採譜が困難を極めました。特に「バディ・リッチOrch」のA・saxは超絶技巧の持ち主でその、アドリブをコピー演奏する事は当時の我々の演奏力では不可能に近かった。当時は、アドリブはオリジナルバンドのコピーが主流で、自分のアドリブを披露するのはそれこそ、「早、慶」の一部だった。我々は一部オリジナルアドリブでしのぐ事でGO!!
  各校、2曲を制限時間内に演奏というパターンで、我々も1曲目は軽く「マン・オブ・ラ・マンチャ」ではじめ、2曲目が、本命バディ・リッチの「ロッテン・キッド」。大体練習どおりの演奏が始まり、T・sax、Tbのアドリブのあと、1st Alt sax、3rd Alt saxの12bars×3回アドリブの掛け合いが始まる。コピーアドリブの辛い所で、途中1st Altが、1拍前に食う。私は半分慌てましたが、途中のブラスのカンマで元に戻せました。冷や汗ターター…でした。
 2003年34回目の同コンテストのCDを聞くと、時代のギャップを感じる凄みのある、本格的なプレイの応酬!!まさに、Let's drive together!!
  しかし、このコンテストもいつの間にか歴史或る「山野楽器」さんの、名イベントになりましたね。 しかも、女性プレイヤーが多い!うらやましい限りです。
  今後も「学生BIG BAND JAZZ」の祭典、「YAMANO BIG BAND JAZZ CONTEST」の発展を強く望みます。
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