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 1970年代
大野 清 (Sax)
獨協大学スウィンギン・キャッツ・ジャズ・オーケストラOB
1970年 第1回大会 出場
(第35回大会寄稿)

 山野ビッグバンドコンサート、私が獨協大学3年生のとき、第一回目が開催され、参加しました。
 最初はコンテスト形式ではなく、大学のビッグバンドが集まってのコンサート形式でした。 Let's drive together! というコピーは第一回目からのものです。
  山野ビッグバンドサークル、山野楽器が大学のビックバンドに呼びかけて、第一回目のビッグバンドコンサートの前から活動していました。当時参加していたのは、ほとんど関東の大学バンドでしたが、13〜15ぐらいの大学ビッグバンドが参加していたと思います。月に一度銀座の山野楽器のホールでビッグバンドのクリニックがありました。ブルーコーツとニューシャープスのトッププロのビッグバンドの指導が受けられるので、とても刺激的であり、楽しみでもありました。当番になった学生バンドと、プロのビッグバンドが一緒に、確か各メンバーの隣にプロのメンバーの方が座って、指導を受けたことを覚えています。学生の演奏、プロの演奏、合同の演奏、またそのアドバイスなどを聞いて客席にいてもとても勉強になりました。ブルーコーツのTpの森寿男さん、北里典彦さん、A.saxの五十嵐明要さん、ニューシャープスのTbの原田靖さん、T.saxの田辺信男さん、当時もトッププロとして活躍している方々と一緒に、しかも隣で演奏してのクリニックは感動ものでした。自分たちのバンドでやっているレパートリーの曲と課題曲をいただいてプロの模範演奏を聞いた後、演奏してのクリニック等、課題曲のパート譜は、客席のメンバーにも配られてそれを見ながらなので、とても実力がつきました。我々、スウィンギン・キャッツのときの課題曲がベイシーの「Why not」 だった事もよく憶えているくらい、印象深い経験でした。
  第一回目の山野ビッグバンドコンサートは、大手町のサンケイホールで開催されました。今はもうありませんがとてもすばらしいホールで、外国からのバンドのコンサートなどでも使われていたホールです。確か、2回目からは日比谷公会堂が会場となったようですが第一回はサンケイホールでした。13大学のビッグバンドが参加したように憶えています。当時も早稲田のハイソ、慶應のライト、明治のビッグ・サウンズをはじめ、法政のニュー・オレンヂ、中央のスウィング・クリスタル、日大のリズムなど強力なバンドと同じステージで演奏することにファイトを燃やした事でした。山野のコンサートのほかにも、ヤマハライトミュージックコンテストとか、TBSの大学対抗バンド合戦とか、他大との刺激を受けるイベントはありましたが、当時のフォークとかロックのバンドも参加する催しだったので、ビッグバンドばかりでの山野のコンサートは画期的なことでした。確か、5回目からコンテスト形式になったと記憶していますが、コンサート形式でも、他大のバンドに劣らないよう、山野を目標に練習に励んだ事を思い出します。そのせいか、スイングジャーナルのコンサート評での山野ビッグバンドコンサートの記事の中で、早稲田のハイソと独協のスウィンギン・キャッツがとりわけ良い演奏だったとの評だったので自分たちで勝手に、これがコンテストだったら、悪くても2位は確実だ、なんて身内だけで盛り上がっていました。それにしてもその後プロとして、数えきれないほどのステージを経験しましたが、第一回目の山野のステージの感動は今でもはっきり憶えています。私にとって大切な思い出です。
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